エクアドルの海岸は、以前、モンタニータから北上してマンタまで旅した以来。
今回は、マンタからプエルト・ロペスまで南下するコースです。
マンタに朝到着。魚市場を覗いて近くのシーフードレストランで、まずはセビッチェ。
その後、車で30分ほどの、本家本元のパナマハット生産地、
モンテクリスティ(Montecristi)へ。
今では、エクアドルの古都、世界遺産のクエンカでも、パナマ・ハットが
多く作られる様になり、観光客もクエンカでこの帽子に出会う事が多くなりましたが、
熟練の技と技術を持った職人がいるのは、パナマ・ハット誕生の地であるマナビ県。
本物の高級パナマハットは今でもここで造られています。
●詳しい記事は、旅ガイド記事へ。
モンテクリスティは、シウダー・デル・アルファロ(アルファロの街)とも呼ばれ、
マンタからキト行きの飛行機に乗る前に、
タグアはとは、象牙やしの事。落ちた実をひろい、乾燥させ、皮を剥き、実を削ります。
削りカスは豚の飼料になります。
今回は、マンタからプエルト・ロペスまで南下するコースです。
マンタに朝到着。魚市場を覗いて近くのシーフードレストランで、まずはセビッチェ。
その後、車で30分ほどの、本家本元のパナマハット生産地、
モンテクリスティ(Montecristi)へ。
今では、エクアドルの古都、世界遺産のクエンカでも、パナマ・ハットが
多く作られる様になり、観光客もクエンカでこの帽子に出会う事が多くなりましたが、
熟練の技と技術を持った職人がいるのは、パナマ・ハット誕生の地であるマナビ県。
本物の高級パナマハットは今でもここで造られています。
●詳しい記事は、旅ガイド記事へ。
モンテクリスティから30分離れた、ピレ(Pile)という小さな小さな町に、
1つ300万円のパナマ・ハットを産み出す魔術師が住んでいます。
シモン・エスピナル(Simón Espinal)氏。
シモン・エスピナル(Simón Espinal)氏。
彼の帽子を手にした人は「まるでシルクの様で、太陽にかざしてもその編み目から
光が漏れる事がないほど、密に編み込まれて、帽子を冠っている事を忘れる程の軽さ」
と言います。
モンテクリスティは、シウダー・デル・アルファロ(アルファロの街)とも呼ばれ、
「自由主義革命」でエクアドルの近代化に努めた
エロイ・アルファロ将軍(1842~1912)が、出身地でもあるこの街に
この街は、ホエールウォッチングや、リトル・ガラパゴスと呼ばれる
イスラデラプラタ(Isla de la plata) への船の発着地!
イスラデラプラタ(Isla de la plata) への船の発着地!
6−9月は、南極から産卵の為にエクアドル沿岸に北上して来たザトウ鯨にも、
とまでは、行きませんが、この時期は100%の確率で、
潮噴きや、アーチなどのくじらのパフォーマンスが楽しめます。
この時期はいつもどんより曇り空。
でも、クジラ観賞にはこの方がいいのだそう。
太陽が出ていると、水面温度が上昇してクジラも海底へ潜ってしまうんだとか。
プエルトロペスの港から、1時間ほどで、イスラデラプラタ(Isla de la plata)へ到着。
ここでは、ガラパゴスの2大スター、グンカンドリと青足カツオドリに出会えます。
強風で横になってしまう島の木と、島周辺に多く生息する海ガメ。
プエルト・ロペスから少し離れて、アヤンペへ。
街の喧騒を離れた落ち着いた場所として、サーファーが愛する海辺の別荘地。
エクアドルは、波が大きく、サーフィンの世界大会も開催される土地。
まったくサーフィンには興味がなくて、、ただまったり、のんびり。
戻る途中で、蟹とお魚を購入。街の喧騒を離れた落ち着いた場所として、サーファーが愛する海辺の別荘地。
エクアドルは、波が大きく、サーフィンの世界大会も開催される土地。
まったくサーフィンには興味がなくて、、ただまったり、のんびり。
そして、翌日には、こちらの姿に変身。
マンタからキト行きの飛行機に乗る前に、
日本人が経営している、タグアのボタン工場を見学させて頂きました。
タグアはとは、象牙やしの事。落ちた実をひろい、乾燥させ、皮を剥き、実を削ります。
その実が象牙の様な色と固さをしているのです。
この実を使って、高級ボタンやアクセサリーに加工されます。削りカスは豚の飼料になります。
日本人が、頑張っている姿をみて、
エクアドル人のスタッフから、バナナを1本頂いて、
なんだか清々しい気持ちで、海岸ツアーが終了しました。。。
旅のアレンジ by
SUR Experience (スール・エクスペリエンス)
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